吃音持ち大学生 コミュ力ブログ

〜吃音ぺんぎんのあれこれ〜

吃音体験談〜笑われるのが嫌だと思った時期編〜

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こんにちは、こんばんは、お疲れ様です!

 

吃音歴15年のコミュ力Lv99のぺんぎんです🐧

 

今日も私のブログを見てくださりありがとうございます。

 

今回のブログでは、私の体験をもとにその時の気持ちを文で綴りたいと思います。

ぜひ最後までご覧ください。

 

 

第1章 当時の吃音状態

当時、中学生だったボクはかなり吃っていたと思う。

そのどもり具合といったら、今では言い表せないようなものだ。

 

吃音には難発性、連発性、伸発性の3つがあるが、ボクは三つ全ての症状があった。

授業で指されては、難発で言葉が出ないなんてことは週5日通っていた学校生活では、日常茶飯事だった。

 

はたまた、友達と話している最中に連発が出たと思ったら友人に

 

「めっちゃ挙動不審(挙ドル)やん笑」とも言われた。

この時は挙動不審になっているのではないという事を説明する文章力も勇気もなかった事をいまだに覚えている。

 

連発はどの場面で出たかって?

 

あなたもきっとあるはずだ。中学時代は謎に”音読”という行事があった。

こいつが厄介なことに「国語」「英語」と語尾に”語”がつく授業でやりやがる。

 

『では、教科書をここからここまで読んでもらいましょう』

 

ボクは先生のこの言葉を聞いた途端「今から拷問が始まるのか…」と毎回心の中の自分自身と対話していた記憶がある。

 

そう、ボクにとってはこの言葉は実刑判決を食らった囚人の気持ちにさせてくれる。

 

さあ、実際に”音読”が始まろうとしたその時、救いのチャンスが訪れる。

 

それが先生のこの言葉「それでは、今日は○月○日だから、足して○番の出席番号の人に読んでもらいましょう」

 

この謎の足し算方式で当時、出席番号21番であった私は何度救われただろうか。

数字が多ければ多いほど、ささりにくくなっているこの方式では私の出席番号に感謝しかなかった。

 

だけど、先生ってやつは厄介だ。

 

みんなを平等に扱わなければならないという職務上の使命感にかられている。

足し算で進めれば効率も良い事を…。

 

たまに掛け算も使ってきやがる。

 

「今日は7月3日なので〜…今日は掛けちゃおうかな!21番!」

 

先生の気まぐれで矛先はボクに向けられたぞ。どうしてくれるんだ。

 

まあ当たったものはしょうがないので、ボクは覚悟を決めて”音読”に取り掛かった。

果たしてこの”覚悟”というものが足りなかったのだろうか?

それは今考えてみてもわからない。

 

見事に文の頭文字で伸発が発揮される。

 

これだけでは終わらないのがボクの吃音である。全く元気なやつよ。

 

伸発につられて、連発も出てきやがった。ひとつクリアしたと思ったら、別のところから出てくる。全く油断も隙もあったものじゃないぜ。

 

連発が出た瞬間はもちろんみんなボクの”音読”を聞いているわけだから、違和感を覚える事だろう。

 

ボクは心の中で「今のは気づかないで今のは気づかないで」とみんなに祈っていた。

教室にいた他の生徒はそんなエスパーや神様なんかじゃないんだから、祈っても意味はなかっただろう。と過去の自分に優しく声をかけてあげたいくらいだ。

 

その点から見れば難発はなかなか気づかれなかったのではないだろうか?

 

自分自身すごく気にしていたが、難発については誰も触れてこなかったなと15年間を振り返って気づく。

 

そんなこんなで、普通の人より6億倍の力を使って達成した”音読”。

当時のボクの気持ちを代弁するとしたら、めちゃくちゃ褒めて、胴上げして欲しい!

と叫ぶ。

 

きっとアナタもこの”音読”を完読する大変さはわかるのでは?

 

では、当時のボクの吃音はどのくらいすごかったのか?

ここに関しても話していきたと思うよ。

 

まずは、連発性の吃音についてだ。

 

連発性の吃音については現在でも症状があるよ。

現在の連発性はフルで30分会話をしていて、2〜3回ほど出るくらいだね。

 

でも昔のボクはもっとすごかったんだ。

 

今ではないが、連発を連続して出てしまうなんてしょっちゅうあった。

気を抜いてしまうと、口が一人歩きをするような感じ。

 

言葉がマシンガン並みの発射の早さで連続するよ。

 

「だだだ大丈夫。」

「こここここれらは」

 

西部時代に生まれていたら、きっと早打ちでチャンプを取れていたんじゃないかな?

 

ノールック(言葉の)マシンガンだからね。

 

どうやって治したのかって?

 

まあまあ焦らずに読み進めてよ笑

 

連発性に関してはこのくらいかな。

 

次に伸発性について。

伸発性はボクは言葉を円滑に出すために使っていたって言う方が正しいのかな?

 

使っていたといっても、普通の人ならそんなに長くないだろってぐらい言葉を伸ばしていたよ。

 

 

ボクの場合は言葉を伸ばすことで、次に発する言葉の頭文字の出しやすい タイミングを伺っていたんだ。

 

例えるなら、任天堂のゲーム、「スーパーマリオ」にて、フラワーパックンって言う土管から出てくる人食い花がいるでしょ?

あれが引っ込むタイミングでマリオをジャンプさせるよね。

 

それと同じで、吃音が引っ込むまで伸発を使って待機していたんだ。

 

吃音が出なさそうだなって思った時、ボクは伸発をやめて次の言葉を出し始めた。

 

そういった形で伸発性の吃音が板についたんだ。

 

でもこれって、結構普段の生活でも見る場面が多いと思うんだ。

 

記者会見中の有名人が「えーーーー」って使うのと同じように。

講演会の時、受講者の質問を講演者が答えるとき「そうですねーーー」

 

だから、認知はされにくいんじゃないかなって今になって思うよ。

まあ当時のボクは伸発性も気にしていたからね。

 

そのこともあって今こう言う考え方ができるようになったんじゃないかななんて思っってるよ。

 

最後は難発性だね。

 

なんで難発性の吃音を最後にしたのかって?

 

その理由はボクは難発性の吃音が特に酷いからね。

難発性の吃音は今のボクも苦しめているよ。

 

昔の難発性の具合を説明する前に今の難発具合について軽く触れておこう。

今の難発具合は吃音の8割を難発が占めているよ。

 

言葉が出なくなるときはもちろんのこと、言葉が最後まで出なくなって言いたいことが言えなくなっちゃうなんてことも結構ある。

 

ましてや、「今これ言えば絶対笑い取れる!」って思っている時に難発が出て、そのベストタイミングに言えないなんて経験はもう何百回もしている。

 

人生で笑いを取れるチャンスを何回逃していることやら。。。(言えたところで笑い取れてるかわからない

 

今はざっと説明するとこんな感じかな。

 

じゃあ昔の難発具合を説明するね。

 

昔の難発具合といったら、それはそれはもう普通に喋れるなんて夢の夢の夢の夢。(こんな夢実際にアリそう)

 

常に難発の吃音を発揮していたよ。

 

周りからは腫れ物を触るような目で見られるし、自分は言いたいことが言えないからすごく辛いしで、全くノーメリットだったね笑

 

なんていったって、自分に自信が持てなくなるんだ。

それはそうだよね?

 

人は失敗続きだと次第に「自分には才能がないんじゃないのか?」「自分にはできないんじゃないのか?」

 

なんて考えてしまうよね。

 

ボクは当時そんなことばかり考えてしまって、自己肯定感のかけらもなかったんだ。

 

当然、自分に自信がないもんだからチャレンジすることを避けて、勇気を持って告白した女の子には振られて…って後悔がたくさん残る生活を送っていたんだ。

 

と、まあここまで昔の吃音について話してきたけど、アナタが共感する場面ってあったかな?

 

今回のブログはこうやって短編小説、ビジネス本みたいな書き方でやっていきたいと思うよ。

 

今は自己肯定感があるからこんな挑戦的なブログも書けちゃうわけ笑

 

ものは試しって言うでしょ?

 

だからちょっとボクのわがままに付き合ってね笑

 

 

では、今日はここまでにしようかな。

 

 

続きは第2章を楽しみにしていてね。

 

それでは…